笑わない女

私が好きなジュエリー工房の一つにPiel Fréresがあります。


Piel Fréresは、庶民にも手が届くようにと安価な材料で細工の素晴らしいジュエリーを手がけたことで知られています。特にバックルに関しては、この工房なしで語ることはできません。エナメルを施した孔雀の羽をモチーフにしたバックルは、多くのアールヌーボー・ジュエリー関連の著作で取り上げられています。


前にも書きましたが、アールヌーボー期のジュエリーにはモチーフとして「女性」が良く登場します。この女性たちは、その多くがほほえんでいたり恍惚の表情を浮かべたりしています。Piel Fréresも女性をモチーフにしたジュエリーを手がけていますが、彼らの作品に登場する女性たちは、他の工房と少々趣が異なります。とにかく笑っていない。無表情、もしくは「ムッとしている」表情がほとんどです。例外的に1点だけほほえんでいるとおぼしき女性のバックルが存在しますが、口元は笑っていても目が笑っていない。結構怖いものがあります(笑)。


もちろんPiel Fréresはそのデザインの素晴らしさと細工やエナメルの素晴らしさで高く評価されているのですが、私はこの「女性の表情」も非常に高く評価しています。とにかく他の作家、工房と一線を画している。一目で「Piel Fréresだ」とわかる個性がある。これだけの個性を持った女性を造形している作家を他にあげるとすれば、ふっくらとした女性が主流の中で細面の女性を造形したLalique、決して美人とは言えない女性の内面の美しさを見事に表現したVernon、それに後ろ向きのリアルな裸婦像を得意としたDesboisくらいでしょうか。それだけPiel Fréresの女性たちは個性が際だっています。

   
                                        Piel Fréresのジュエリー

私の好きな女優の一人にジャンヌ・モローがいますが、彼女も「ムッとした表情」をしています。中でもルイス・ブニュエル監督作品の『小間使の日記』は全編を通してムッとした表情のままで、彼女のへの字の魅力が遺憾なく発揮されています。日本では簡単に「エレガント」という言葉を使いますが、フランスでは女性に対する最高の褒め言葉で、ジャンヌ・モローは正真正銘、本物の「エレガント」な女性です。


もうだいぶ前になりますが、ジャンヌモローがフランスの親善大使として来日したことがあります。ニュース番組で彼女がインタビューを受ける様子を見ていて、「なんて知的で魅力的な女性なんだろう」と感激したことを、今でも強烈に記憶しています。若い女性アナウンサーが(と言っても30歳くらいだったはずですが)「孤独って本当に必要なんですか?」という質問を発したのに対し、「お嬢さん、あなたは孤独の本当の意味をまだわかっていらっしゃらないようね」と余裕の笑みを浮かべて答えた彼女の美しかったこと!


『風姿花伝』に「時分の花」「真の花」という言葉が出てきますが、ジャンヌ・モローはまさに「真の花」と呼ぶにふさわしい女性であるなぁとつくづく感心してしまいました。同時に、己を振り返ったときにあまりの情けなさに泣けてしまいましたが・・・今でも大して変わっていませんね(泣)。


Piel Fréresが描き出す女性たちには、ジャンヌ・モローに見た「芯の強さ」と「媚びていない美しさ」があります。私はそこに「自立した女性」を感じています。自分の足で歩くことのできる女性だからこそ持つことのできる魅力が内包されているように思えるのです。


フランスでは初対面の女性に対して「マドモワゼル」と呼ばず「マダム」と呼びます。若く見られるというのは、それだけ「人生経験の浅い若造」と見下されていることにつながるのだとか。素晴らしい伝統があるにもかかわらず女性の「若さ」にばかり価値を見いだし、そのために傲岸不遜な若い女性をどんどん増やしているどこかの国とは大違いです。