ドイツの銀器

今でこそ私はフランスやドイツのシルバーが好きで、両国のものを中心に探すようになりましたが、銀器を集め始めた頃は全くそんなことは考えていませんでした。考えていないどころか、最初に買った銀器(左上の写真)がドイツのものだと5年間気づかずにいたくらいです。業者さんから「イギリスのシルバープレートです」と言われて、その言葉を鵜呑みにしていました。


フォルムが気に入って購入したものだったので、図柄は二の次だったんですね。たぶん何かの植物がデザインされているのだろうと思っていたんですが、家に帰って早速蕎麦猪口にコーヒーを入れ、このスプーンを使っていたときにはたと気づいたんです。図柄が「ブレーメンの音楽隊」なんですね(右下の写真)。このことに気づいたとき、私はつくづく感心してしまったんです。フォルムの愛らしさと図柄とが見事にマッチしている。しかも、和ものに合わせても全く違和感がない。このスプーンをデザインした人は素晴らしいセンスの持ち主だなぁと感心してしまいました。


と、同時に一つの疑問がわいてきました。イギリスものだと言われたけれど、果たして本当にイギリスの品なんだろうか。


数年後、この疑問が正しかったことが証明されます。ドイツ銀器のメーカーマークが乗っている図録を手に入れて見ていたところ、このスプーンがドイツのWilkensというメーカーの品だと判明しました。しかも、銀メッキではなく純度800のシルバー。


その頃にはいくつかアールヌーボーの銀器も手に入れていて、その中にドイツのものが混じっていて「ドイツもなかなかいいデザインするなぁ」と思っていたんですが、何のことはない、最初に惹かれたのがドイツ銀器だったわけです。


長い間アールヌーボーのシルバーを集めていて思うことは、やはり日本ではイギリスの銀器が圧倒的に強いなぁと言うことです。とにかく品数が多い。シルバー専門店を見ていると、90%以上の品がイギリスものではないかと思うほど、イギリスのシルバーで埋め尽くされています。イギリスではホールマークの制度がしっかり確立していましたから、仕入れる方も購入する方も安心できるらしいんですね。私にしてみれば逆にそれが怖い。イギリスのホールマークは比較的大きくてそれほど精緻なものではない。ということは、簡単にマークも含めたレプリカを作れるというわけです。実際、アールヌーボー・ジュエリーやソーイング・コレクティブルなどではイギリスの刻印が押された偽物が数多く出回っています。


イギリス以外はどうかと目を向けてみると、次に多いのがアメリカ製とデンマーク製。中でもTiffanyとGeorge Jansenの品数は相当なものです。確かに、1900年代初頭までのTiffanyは素晴らしいですし、George Jansenもその後のデンマークの銀器のデザインに大きな影響を与えていますから、人気が高いというのもうなずけます。でも、猫も杓子も「Tiffany」「Jansen」というのはいかがなものか。アメリカにはGorhamやWhiting、Reed & Bartonといった素晴らしいメーカーもありますし、デンマークにだってMichelsenやCohrといった素晴らしいメーカーがあります。


業者さんは「TiffanyやJansenじゃないと売れないから」とおっしゃいますが、一時期日本で大ブームとなったスージー・クーパーだって大原照子さんが紹介するまではただの雑器だったわけです。「TiffanyやJansenじゃないと売れないから」という言葉には、申し訳ないんですが、安易さを感じてしまいます。やはり、どこか「自分のテイスト」をはっきり打ち出している業者さんに、私は魅力を感じます。もちろん商売ですから、品物が売れないことには経営が成り立たないことくらい百も承知です。けれども、「好きだから仕入れちゃうんですよね」とおっしゃる業者さんの品揃えにはものに対する愛着やこだわりが感じられますし、なにより、たとえ私のテイストでないとしても、見ていて面白い。時折、そういう業者さんからひょいと衝動買いをすることも少なくありません。


それにしても、ドイツのシルバーは本国のドイツを除くと、あまりにも過小評価されすぎているように思います。その一方で、有名な銀メッキ製品のメーカー・WMFの品が高額で取引されている。不思議な現象です。アメリカやイギリスのシルバーが純度925であるのに対し、ドイツのシルバーは純度が800ですから、そのことが一因となっているのかもしれません。しかしながら、デザインセンスや作りの素晴らしさでは英・米・仏のシルバーに決して引けをとりませんし、中には「芸術品」と言っていいほど素晴らしい品物があります。Koch & Belgfeldのフィッシュナイフとフォークのデザインは、他国の品には見られないユーモアが感じられますし、Bruckmannの「ワグナー・シリーズ」「四季」「メルヘンシリーズ」の美しさはフランスのアールヌーボーを凌ぐほどです。いつの日か正当な評価がなされることを願ってやみません。そうなると手に入れることが難しくなってしまうかもしれませんが(笑)。