薬指

ジュエリーの中で、指輪はちょっと独特の存在であるように思います。


もともとジュエリーは魔よけや護符として、あるいは富と権力の象徴として身につけられたものです。ですから、ごく限られた階級の人々だけのものであり、身につけるのは主に男性でした。富と権力の象徴だったわけですから、当然、他者の目に入るように身につけます。そんな中で指輪だけは、身につけている人自身も見ることができます。


私は左手の薬指に指輪をはめています。おかげで妻帯者と間違われることもしばしばですが、しっかり独身です(笑)。左手の薬指にはめているのは、もっぱら「じゃまにならず、指輪に傷が付きにくい」からで、さしたる理由はありません。


指輪を購入する際には、可能であれば必ず左手の薬指にあうようにサイズを直してもらいます。サイズが直せないようなデザインのものであれば、少なくとも左手の小指にあうかどうかを確かめてから購入します。


薬指は他の指と異なり、男性ホルモンの影響を受けやすいそうです。女性の薬指が人差し指とそれほど長さが違わないのに対して、男性の薬指が人差し指よりもずっと長いのはそのせいなんだとか。


ところで、薬指には「名無し指」という別名があります。日本で最も古い薬指の名前が「ナナシノオヨビ」です。中国でも「無名指」と呼ばれるそうです。昔、中国では自分の親や師、君主以外の人が名前を呼ぶというのはきわめて無礼なことと考える風習がありました。そのため、成人すると字(あざな)を持つようになったわけです。たとえば、「諸葛孔明」は「諸葛亮」とも言われますが、この場合「孔明」が字で「亮」が名前です。


だとすれば、「名無し指」と呼ばれる薬指は、他の指と違った「特別な指」だということになります。そういえば、薬師如来の右手は薬指が突き出ていたり、薬指と親指で印を作っていたりします。このことが「薬指」という名前の由来であるとの説もあります。


面白いのは、西洋でも「名無し指」という別名を持つ国があることです。「名無し指」ではなくても、「三番目の指(英語)」「中指の隣の指(ラテン語)」といった、限りなく「名無し」に近い呼び名も存在します。


西洋では、魔法をかける上で「名前を知る」ことが「相手を支配する」ことに繋がります。薬指が「名無し指」と呼ばれるのは、おそらくこのことと深い関わりがあるのでしょう。古代ギリシャやエジプトで「薬指は心臓、すなわち精神と直結する」と考えられていたことも、無関係とは言えないように思います。


考えてみると、ジュエリーの中で指輪ほど「魔法」と関わりの深いものは他にありません。映画にもなったトルーキンの『指輪物語』はもちろん、『アラジンと魔法のランプ』の中にも「指輪の精」が登場します。トルーキンは『指輪物語』の執筆に当たって、神話や伝説、宗教をずいぶんと参考にしているそうです。私の持っている指輪の半数以上が、最初から左手の薬指にぴったりだったのも、きっと「指輪の魔法」なんでしょう(笑)。アンティークを集め始めてから「ものが人を呼ぶ」ということを実感していますが、もしかすると指輪ほど人を選ぶアンティークはないのかもしれません。


                          



Carlo Giulianoのリング
シャンクのカンティーユが素晴らしく
サイズ直しができなければ
購入を控えようと思っていたら
左手の薬指にジャストフィット!