アールデコ

曲線的なアールヌーボーの品々を集めていると、時折アールデコの直線的なラインが無性に恋しくなることがあります。


一口にアールデコといっても、1920年代と1930年代とではずいぶん趣が異なります。1920年代のアールデコは、直線的ではありますが、それなりに複雑なデザインであるのが特徴です。1929年の世界恐慌を境に大量生産を意識して、材料を加工しやすいようにぐっとシンプルなデザインに変化していきます。私が好きなのはもちろん1920年代のデザイン。ただ、期間が世界恐慌までと短いですから、アールヌーボー以上に品数が少ないんですね。しかも、数年前からヨーロッパではアールデコがブームになっているとか。入手するのも至難の業です。


ホームページでもアールデコのシルバーはいくつかご紹介していますが、1920年代に作られたと断言できるのは写真のスプーンだけです。これは1920年のデンマーク製。アールデコ最初期の品です。このころのデンマークではジョージ・ジャンセンがすでに有名になっています。ですから、スプーンの皿の形はぽってりとしたものが主流になっているんですが、これは珍しくジャンセンの影響を殆ど受けておらず、皿の形がすっきりとしています。それでいて、柄のデザインはまさにアールデコ。コレクションを始めて間もない頃に購入した品です。当時はアールヌーボーとアールデコの違いもよくわかっていませんでした(笑)。


アールデコはそれまでの芸術の流れとはかなり趣を異にしています。第一に、爆発的に広まったのがヨーロッパではなくアメリカであったこと。第二に機械による大量生産が行われたこと。第三に初めて一般大衆にまで浸透したデザインあったこと。その一方で高級品も作られています。カルティエは老舗のジュエラーで、古くから素晴らしい作品を数多く発表していますが、アールデコ期の品は他の追随を許さぬほど美しいものです。アールデコは高級品と普及品の二極分化がはっきりとした時代でもあると言えます。


            


銀器においても、ジャン・ピュイフォルカという天才が登場します。それまで純銀の品しか製造しなかったピュイフォルカがシルバープレートの品を作り始めるのも、アールデコの時代にジャン・ピュイフォルカが登場してからです。


そもそも、アールデコの時代というのは現代型都市生活が成立した時期でもあります。交通機関が発達したのも、ダンスが大流行したのも、休暇に旅行するようになったのも、すべてこの時代から。アールデコのモダンなデザインが現代においても十分通用するのがなんとなくわかるような気がします。


アガサ・クリスティやエラリー・クイーンはリアルタイムでアールデコの時代を生きたミステリー作家です。アメリカの社交界を舞台にしたクイーンの初期の作品や、エルキュール・ポワロが活躍するクリスティの初期の作品には、アールデコの空気が濃厚に漂っていて、読んでいるだけで絵柄が浮かんできそうです。もちろん、クイーンもクリスティも全作品読破しています(笑)。


イギリスで制作され、NHKが放送した「名探偵ポワロ」では、自動車や家具、ファッション、ジュエリーに至るまで見事にアールデコの時代が再現されていて、ビデオに録画して細かいディテールまで何度も楽しんでしまいました(笑)。デヴィッド・スーシェのポワロは今までのどの俳優さんよりぴったりとはまっていますよね!クリスティは、生前、ポワロを演じた俳優さんに満足することがなかったそうです。デヴィッド・スーシェがポワロを演じたのはもちろんクリスティが亡くなった後ですが、彼女の娘さんが「母が見たら大喜びするだろう」と太鼓判を押したのだそうです。ちなみに、ポワロの吹き替えは熊倉一雄さん。デヴィッド・スーシェは熊倉一雄さんの声がポワロに最もふさわしいとのお墨付きをくださったのだとか。
       
         





シェリー窯のカップ&ソーサー
1930年代前半の作

右はデンマークのホールマーク
コペンハーゲンの塔の下にある
「20」の数字が1920年を示す