イヴェット・ギルベール

Fernand Bacの
リトグラフ

高校時代からシャンソンが好きです。


きっかけは『ルノー王の哀歌〜コラ・ヴォケール・リサイタル第2集』というLP盤。ジャケットに写るコラ・ヴォケールの歌う姿を見て、「美しい!」と思って衝動買いした1枚です。言葉がわからないにもかかわらず、聴いていて鳥肌が立つほど感動しました。今でも彼女の歌うシャンソンは大好きで、秋のはじめから春先にかけてよく聴いています。


当時、コラ・ヴォケールに対する私の思い入れは半端なものではありませんでした。国文科志望にもかかわらず、シャンソンの歌詞を理解したいがために、第2外国語はフランス語を選択(笑)。下宿への引っ越しも彼女の来日公演の日程に合わせて、3月21日(日にちまで覚えています!)と決めました。引っ越し当日、風邪で微熱がありながら、「延期したら」という母の気遣いもそっちのけで引っ越しを強行。無事に引っ越しを終え、気がつけば熱は下がっていました。人間の体は現金なものです(笑)。翌日見た彼女のリサイタルは、今でも一番印象に残るステージとなっています。


さて、そのLPの中で特に気に入っていたのが「辻馬車」「マダム・アルテュール」「ルノー王の哀歌」の3曲でした。「辻馬車」「マダム・アルテュール」の2曲がイヴェット・ギルベールの代表的な持ち歌。「ルノー王の哀歌」も、晩年になってフランス古謡の発掘と楽譜出版に力を注いだイヴェットが探し出した曲です。コラ・ヴォケールからイヴェット・ギルベールへ。私の興味は広がっていきました。


イヴェット・ギルベールと言えば、ロートレックの版画で有名です。ですから、歌い手としての彼女の最盛期は、アールヌーボーの時代と全く重なるわけです。ところが、私ときたら、イヴェットもロートレックも好きなくせに、Fernand Bacのポスターを手に入れるまで、そのことに気づいていなかったんですね。時系列にめっぽう弱い私です(笑)。


その後、コラ・ヴォケール同様、イヴェットについても相当入れ込むようになりました。しかも、好きなアールヌーボーとも関わりの深い人ですから、周辺の事柄まで興味は派生していきます。イヴェットが出版した楽譜集はもちろん、イヴェットのサインを手に入れたり、「辻馬車」の作者、レオン・グザンロフの詩集『無遠慮なシャンソン集』を手に入れたり。おかげで、半分忘れかけていたフランス語を少しずつ思い出しつつあります。まあ、脳細胞もずいぶんと減っていますから、本当に少しずつではありますが(笑)。


『フランス古謡楽譜集』
扉絵
『無遠慮なシャンソン集』扉絵(左)
「辻馬車」の楽譜(右)
Alice Bouton撮影の
ポートレイト
写真ハガキに書かれたイヴェットのサイン
(1906年)

ベル・エポックの頃のイヴェットは「酔いどれ女」のようなコミカルな歌や、「辻馬車」「ブータン夫妻とブートン夫妻」といったエロティックな戯れ歌を得意としていました。どのくらいエロティックかと言えば、日本だったら間違いなくどろどろの愛憎劇になるくらい(笑)。「ブータン夫妻とブートン夫妻」なぞは、「隣同士の二組の夫婦・・・その奥さんたちが、それぞれお隣の旦那さんと浮気をしていて、同時期に子供ができて無邪気に喜ぶ夫達」を描いていますから(笑)。いかにも世紀末(笑)。こういった「一歩間違えればキワ物にしかならない歌」をけろりと歌って笑いを誘うんですね。もともと女優としてスタートした人なので、笑いの駆け引きや間の取り方が大変上手いんです。


私自身お芝居をやっていますが、「とんでもない台詞をけろっと言ってのけてお客さんの笑いが取れた時」が一番嬉しく感じます。もう、ガッツポーズが出るくらい嬉しい(笑)。もしかすると、こういう傾向はイヴェットのシャンソンに影響されているのかもしれません。だからというわけでもないんですが、最近のお笑い番組は全くダメ。何が面白いのか全然わからないんですね。知性もなければ、品性もない。「芸」すらない下らない笑いが殆どです。


「笑い」にはその国の文化レベルが反映されるものだと、私は考えています。その点から考えると、現代の日本は「笑い」に関してあまりにお粗末。落語や狂言といった立派な「笑いの文化」を持ちながら、現状はといえば、見ているだけで「バカ」になってしまいそうなものばかり。ということは、制作する側、すなわち、マスコミが「笑い」をなめてかかっていることに他ならない。大衆はそれほど愚かではありません。一時は流行したとしても、低劣な「笑い」は必ず駆逐されてゆきます。


最近まで放送されていた阿部寛さん主演のドラマ『結婚できない男』では、久々に爆笑させてもらいました。というよりも、ニュースやスポーツ以外で久々にテレビを見たいという気にさせてくれた番組でした。視聴率も20%を越えたそうです。私の職場でも、このドラマを見ていた方は結構いらっしゃって、皆さん面白いとおっしゃっていました。さて、マスコミはこの結果をどう受け止めるんでしょうか?