レンズ

私がこだわりを持って探している品物の一つにルーペがあります。フレンチのホールマークは大変小さく、ジュエリーともなるとせいぜい2ミリ程度の大きさしかありません。ホールマークでしたらアウトラインですぐにわかるんですが、メーカーマークになりますと、わずか2ミリの菱形の中にイニシャル・シンボルマークがすべて描かれているわけです。よほど倍率の高いルーペでなければ読み取れるものではありません。


以前は日本製の20倍のルーペを使っていました。ところが、これが非常に使いにくい。極力マークに近づけないと焦点が合わない。かといって焦点が合うあたりまでルーペを近づけると、今度はルーペで影ができてしまって暗くて見えない。焦点を合わせ、照明との角度を考え、ようやく見えたと思ったら、今度は自分の息や手の熱でレンズが曇って見えない。


見たいときに見えないというのは本当にストレスがたまるんですよね(笑)。何度となくルーペを床にたたきつけたい衝動に駆られました(笑)。本当に投げつけるわけにはいかないので、「あ〜っ!!!」と大声を出して憂さを晴らすにとどめましたが。ご近所さんはさぞかしびっくりなさったことでしょう(笑)。


で、そんなときに見つけたのが写真のルーペです。枠は鼈甲製で、レンズの枠はおそらくベークライトではないかと思います。倍率ははっきりとはわかりませんが15〜16倍といったところでしょう。購入したお店の方はイギリスで仕入れたとおっしゃっていました。


このルーペがですね、本当によく見えるんです。確かに20倍のルーペの方が大きく見えるんですが、くっきり感がまるで違う。透明なガラスと磨りガラスくらいの差があるんですね。これには本当に驚いた。しかも、枠が金属でできていないからでしょうか、滅多に曇らない。冬場でも暖房を入れていると殆ど曇らない。


私の友人の中には、ヴィンテージのカメラに凝っている人がいますが、彼に言わせると、いまのカメラとヴィンテージのカメラとではレンズのできが雲泥の差なんだそうです。現代のレンズは機械で削り出し、仕上げを人間の手で行っている。一方、ヴィンテージのレンズは削り出す段階から人間の手で行っている。削るための機械は使っているものの、全て機械が行うのではなく、人間がレンズを手に持って加減をしながら削るのだそうです。


コンピュータできちっと計算されて削り出されたレンズよりも、職人さんが長年の勘を頼りに削りだしたレンズの方が性能が高い。なんだか嬉しくなってきてしまう事実です。ヴィンテージ・カメラが、とりわけレンズが高額で取引されるというのも納得がいきます。


人間が全て削りだしている以上それなりの癖があるわけで、生半可な腕ではなかなか太刀打ちできない。その癖と上手くつきあいながらシャッターを押す。そういう苦労を経ていい写真を撮れたときの喜びは格別なんだそうです。私はそれほどカメラに興味があるわけではなく、むしろ自分が写真に撮られるようなことはできるだけ避けたいと思う方なんですが、それでも、いい写真を撮れたときの彼の喜びは想像に難くありません。


職人の技というのは、本来、弟子が師匠の仕事ぶりを見ながら目で盗んでいくものだと、私は思っています。それを思うたびに、日本の職人さんたちの現状が寂しく思い出されます。ごく一部の人を除き、それほど高い評価を受けているわけではない。後継者不足で、伝統の職人技は次々と失われていく。銀煙管を作る職人さんなぞは、すでに日本に一人しか残っていません。以前、職場の同僚がこんなことを言っていました。
「職人の親方がベンツに乗れるような世の中だったら、もっと日本はましになるだろうね。」
名言だなぁと思います。